夢と魔法と林檎の虜

ウォルト・ディズニーの夢と魔法、スティーブ・ジョブズが作り上げたアップル製品に魅せられたプログラマーのブログ

私は、アップルなら世界を変えられると思っていました。

今年もほぼリーク情報通りの外観、スペックだったiPhone 6とiPhone 6 Plus。とはいえアップルらしい美しいデバイスだと思います。でも、いざ発表されてみると様々な感情が自分の中で交錯している気がしたのでここで吐き出してみます。

真の新生アップル?スティーブ・ジョブズ氏との決別

ジョブズ氏が登壇し、あの大きな手にコンパクトでスマートなiPhoneが握られ、毎年の新製品発表会は大盛り上がりでした。私はそんな発表会が大好きでした。

4.7インチと5.5インチのiPhoneがクック氏により発表されたのち、私はアップルのウェブページやマスメディアの記事を読みました。でも何か納得出来ない気持ちがシコリのように残りました。

それがリーク情報通りだからかとも思いましたが、そうではありませんでした。それは、iPhone 6を受け入れることが、ジョブズ氏との決別になるのではないかと思ったからだったのです。それは、アップルにとっても、そして私にとってもということです。

もうポケットにはスマートに収まらない

iPhone 4sまででした。胸ポケットにiPhoneがスマートに収まっていたのは。4sはfor Steveとも言われ、ジョブズ氏の魂が込められた最後のiPhoneとも言われました。現に私もそうではないかと思っています。

iPhone 5が発売され、私はそれにしました。横幅こそ4sと同等に維持されましたが、縦長になったことで画面上側に指が届きにくくなりました。

ハードとソフトのどちらも設計しているアップルらしからぬ最低なユーザビリティでした。従来の3.5インチ向けのアプリに対する対応も、上下に黒帯が出るお粗末な対応でしたし、4インチに対応したアップル製のアプリでさえ、ただ縦に引き延ばしただけという感じがしてなりませんでした。4インチのiPhone 5のために再設計されなかったのです。

そしてiPhone 6(6 Plus)になると横幅さえも拡張され(もちろん解像度も)、より持ちにくくなりました。iPhone 5以降、ジョブズ氏の魂は、段階的に薄れているように感じていましたが、iPhone 6で決定的に抹殺されたと感じたのです。これは、もしかしたらアップルの(クック氏の)戦略かもしれませんけれど。

パイオニアからただの一般企業に成り下がったアップル

私は、アップルなら世界を変えられると思っていました。

iPhoneの登場以降、世界中の人々の手にはスマートフォンが握られるようになりましたし、iPadの登場以降、様々なタブレットが開発されました。

7インチの小型のタブレットがシェアを高める中、アップルもiPad miniをその市場に投入しました。5インチ程度のスマートフォンがシェアを高める中、アップルもiPhone 6/6 Plusをその市場に投入しました。ウェアラブルデバイスの市場が開拓され、成長が期待される市場にApple Watchを投入しました。その何れも開拓ではなく参入でした。

もうアップルは、素晴らしいものを作る、その結果として売れる、という立場でビジネス出来なくなったのでしょうか。恐らくそうなったのでしょう。売れるものを作るという、ただの一般企業に成り下がったのです。

素晴らしいから、美しいへ

アイブ氏のデザインによるiPhoneは、どれも美しいと思います。思わず手に取りたくなりますし所有したくなります。

アップルの製品は、その素晴らしさよりも、美しさが強くなってきました。彼の美しいデザインがそうさせるのでしょう。

かつてのiPhoneには、素晴らしさが溢れていました。そして美しさとあいまって、素晴らしく美しい製品だったのです。

正確には、私は、少し前のアップルならまだ世界を変えられるかもしれないと思っていたのです。でも、今のアップルには、それは恐らく叶えられないでしょうね。

世界を変える力を持っていたのは、ジョブズ氏だけだったのかもしれません。